記念公園(対馬市)


対馬市役所近くにある記念公園には、対馬藩の城であった金石城があった場所で、享禄元年(1528年)に宗将盛がこの地に築いた金石屋形が始まりと言われています。 金石城は文禄・慶長の役の際に築かれた清水山城の麓に位置する平城で宗氏の居城で、朝鮮通信使を迎えるために近世城郭に改築したといわれており石垣や堀切が廻らされたが、天守は築かれず寛文9年(1669年)に宗義真によって造られた大手口の櫓門を天守の代用としていたとされています。

文化10年(1813年)に火災でこの大手門櫓は焼失し、文化14年(1817年)二重櫓門を再建されましたが、老朽化により大正8年(1919年)に解体された後、平成2年(1990年)に万松院宗家文庫に保存されていた模型を基に、旧厳原町の “平成の城下町づくり事業”の核として、古写真や模型などに基づき木造によって二重の櫓門が再び復元され、現在では記念公園として整備されています。





復元された金石城・二重の櫓門。



「1811年朝鮮通信使幕府接遇の地」の石標。



李王家・宗伯爵家御結婚奉祝記念碑。